22歳の起業ストーリー【鬱になって5kg痩せた】

起業 ストーリー

本記事は22歳で起業し、23歳で会社を解散した僕の起業ストーリーです。

起業をしたかった学生時代

学生

僕は世間で言うところの「意識高い系」の学生でした。
サークル活動やバイトもせずに勉強をし、大学一年生のころに飛び級プログラムに採用。2年次から研究室配属され、研究を始めました。

そのときに出会った本が「稼ぐが勝ち(堀江貴文)」です。
この本を読んで起業に猛烈な興味が湧き、プログラミングやビジネスの勉強を始めました。

プログラミングがある程度できるようになると、いくつかのサービスを高校時代からの友人Cくんと作りはじめました。
ほとんどのプロダクトがおもちゃのようなプロジェクトでしたが、大学四年生の冬にECサービスを開発したところ、ツイッターで少し話題になりました。
結果的に、2000人くらいのユーザーを獲得し、後に数百万円で売却することに成功したのです。

地方の大学に通っていたので、大学卒業後に上京し、東京で挑戦してやろうと考えていました。そのための第一歩として、まずは東京のアクセラレータプログラム(起業家育成プログラム)に応募し、見事に採用されました。倍率が6倍くらいだったので、とても嬉しかったのを覚えています。

東京でプロジェクトを開始

開始

アクセラレータのプログラムの一つに、採用された仲間どうしでプロジェクトを始動させ、起業家の先輩たちにプレゼンできるというカリキュラムがありました。

ここで僕は以前から挑戦したかったプロジェクトを、上場企業O社の取締役の方(Rさんと呼びます)にプレゼンする機会を獲得し、結果的にO社のプロジェクトの1つとして進めることができる展開になりました。

3ヶ月契約の業務委託という形式で毎月10万円のお給料をもらいつつ、自分の好きなプロジェクトができ、更に成果物は僕らに帰属するという内容だったのでかなり良かったです。

仲間がやめた

別れ

プロジェクトは自分ともうひとりで進めていました。そいつのことを仮にDくんとします。

Dくんは最初こそプロジェクトに積極的に関わっていたのですが、徐々に仕事の進捗がほとんどなくなってきました。体調を崩したと言ったり、プロダクトがないとビジネス担当はすることがないんだよといったり、結構めちゃくちゃなことを言っていました。

最終的に進捗管理ツールを取り入れたところ、Dくんがさぼっていたことが浮き彫りになり、Dくんは「もうやめるわ」と言ってやめていきました。

その時ちょうどO社との3ヶ月契約が切れる時期でした。
Dくんはもともと親からの仕送りが途切れていたこともあり、お金目当てでこのプロジェクトに参加していたようでした。

プロジェクトをする仲間って重要ですね。

【重要】起業仲間・メンバー集めの3つのコツ【裏切り・仲間割れ】【重要】起業仲間・メンバー集めの3つのコツ【裏切り・仲間割れ】

仲間探し

探す

上京してきてプロジェクトがある程度進んだタイミングで、一人になってしまい少し凹みましたが、気を取り直して仲間を探すことにしました。

TwitterやFacebookで優秀そうな人材を見つけては連絡を送りまくり、ミーティングを猛烈な勢いでこなしていきました。数週間で数十人とは話をしたと思います。

その時、大学時代に一緒にプロダクトを作っていた友達のCくんにも一部事業を手伝ってもらっていたので、本格的に会社としてやらないかと誘ってみました。

Cくんは地方の大学院生だったこともあり、最初は躊躇していまいしたが、僕が毎晩のようにビジョンや状況を語り説得したおかげで、大学院を休学して上京してくれる決意をしてくれました。

昔からの友人だったので、Cくんが上京を決意してくれた時はとても嬉しかったですね。
Cくんが上京すると、東京に泊まる部屋もなかったので、僕の6畳のかなり狭い部屋で2人で生活することにしました。

上場企業O社からの資金調達

資金調達

その後上場企業O社の取締役のRさんと話し、最終的にO社と新会社を共同設立し、2000万円の投資を受けられることが決まりました。

しかしその後、僕は投資内容の変更をしたくなりました。

その理由は以下の通り。

  • Rさんとの投資の話をしていた時、僕にファイナンスの知識がほぼなかった
  • Rさんが割と強めな態度(半ギレ)で交渉をしてきた
  • Rさんが投資内容について僕が検討する期間を一晩しかくれなかった

僕も悪かったのですが、今考えるとRさんはあまり良い投資家とは言えない特徴を多分に持っているので、気付くべきでしたね。

また、さまざまな起業家の先輩やVCの方と話すうちに、どうもO社からに資金調達があまり美味しい話ではないらしいと思ってきました。

というのも、O社からの投資を受けなくても他の投資家から調達を受けることも可能だろうし、何より当時あまりお金を必要とはしていなかったので、株式比率を創業者で高く保つ方が重要だと考えたからです。

更に、海外で法人を作ろうと考えていたこともあり、O社が持っている日本での知見やネームバリューをあまり活かせないと考えたのもあります。

結局、株式比率を下げてもらう交渉に進みました。
その件についてRさんにメッセージを送ったところ、割ときつめに詰められましたが、その後一度冷静に話す機会を設けてもらいました。
結局、Rさんは妥協案を提示してくれ、僕も「じゃあそれでOKです」と返事をしました。

引っ越しと会社設立

アクション

当時住んでいた部屋の大家さんが割とやばめの人だったこともあり、数ヶ月前に部屋の解約をしていたせいで、僕とCくんは引っ越しを余儀なくされました。

Cくんの祖父母の家が近くにあったので、最初はCくんの祖父母の家に居候させてもらっていました。しかし、O社からの資金調達を受ければ役員報酬が出て、やっと生活がまともに送れるようになる見通しが立っていたので、2人とも新しい部屋を借り、引っ越ししました。

オフィスがなかったので、僕がすこし広めの部屋を借りて、自宅兼オフィスとして使えるようにしました。

またO社との話では、僕らの会社をO社との共同設立にするという話をしていたのですが、設立直後に投資を受けるという形でもOKという話を弁護士に聞き、Rさんに提案するとそれでもOKとのことだったので、O社からの投資が決まる前に会社も設立しました。

投資の話が全く進まない

時計 時間

Rさんに妥協案をもらってからというもの、3ヶ月くらいO社内での僕らの会社への投資の話の進捗がないようでした。

Rさんに連絡して「来週の取締役会で話します」という返事をもらっても、後に連絡するとわすれていたり.. すこし嫌な予感がしましたが、他の投資家を回るわけにもいかないので、悶々とした日々が続きました。

結果的に3ヶ月くらい待たされた挙げ句、取締役会に通らなかったとの返事をもらいました。Rさんは申し訳なさそうにその旨を伝えてくれ、数ヶ月待たせた挙げ句に投資できなかったので、知り合いの投資家につなげてくれると言ってくれました。

しかし、その後Rさんから連絡は一度もありませんでした。残酷な世界ですね。

資金調達に奔走

忙しい

会社を設立していまい、新しい部屋の家賃もかかると言う状況だったので、Cくんが「はやく資金調達をして給料がほしい」と言ってきました。

僕としても「モチベーションに関わるのなら早めに資金調達をせねば」と思い、必死に投資家を回りました。

必死に頑張ったおかげもあり、以下の3つのオファーをもらいました。

  1. 新規VCからの1000万円調達
  2. 有名アクセラレータから数百万円調達
  3. 4人の有名エンジェル投資家から600万円調達

金額だけで見れば「(1)新規VCからの1000万円調達」の話が一番良い話だったのですが、お金よりもメンター的な存在がいた方が後の資金調達で有利に働くだろうと考え、「(3)4人の有名エンジェル投資家から600万円調達」を選びました。

というのも、その4人は僕のプロジェクトの「業界に詳しいトップ4」と言っても過言ではない方たちであり、上場企業の社長などの肩書を持っているメンツが揃っていたので、かなり心強かったからです。

メンタルを病む

落ち込む

O社からの投資の話が破綻し、投資家周りを始めた段階で事業を少しピボットしていました。それでも資金調達に成功したので喜んでいましたが、もとのビジョンとプロジェクトの内容がずれていたので、やる気がマックスの状態ではありませんでした。

そんなさなか、Cくんと雑談をしていたら、以下のような内容のことを言われました。

  • 「何をやっても君よりも僕がやったほうができる気がする」
  • 「君のことを虫けら程度にしか思っていない」
  • 「昔からそう思っていた」

要は「仕事のほとんどはCくんの方ができるから、この会社内で君と対当な立場で働くのはいやだ」ということのようでした。また、Cくんも僕と同様にプロジェクトに対するやる気を失っており、起業家生活をやめたいと思っていたようです。

とは言え、高校時代から友人(ほぼ親友)と思っていた人間に、そんなことを言われたのでかなりメンタル的にきつくなりましたね。

Cくんのことは腸が煮えくり返るほどにむかつきましたが、共同創業者間でケンカしていては事業はうまくいかないので、感情を必死に押し殺し、来る日来る日も頑張っていました。

Cくんの体調不良

そんなさなか、Cくんが体調不良を訴え始めました。

  • なんだか頭が働かない
  • 気分が悪い

と曖昧なものでしたので、これはメンタル的な問題なのだなと判断し、毎日数時間 話をして、なんとかメンタルを改善できるようにと励まし続けました。

ここでわかっていてほしいのが、僕の状態は以下だということです。

  • プロジェクトが自分のビジョンとずれていて、毎日の労働は僕だってツラい
  • Cくんにバカにされているので、Cくんのことは既にかなり嫌い

後日談として、これはCくんが仮病を使って、僕のメンタルをすり減らそうとしていたことを知りました。やはり世の中は残酷..

投資家との関係もギクシャクし始める

事業を続けるのがツラく、更にCくんとのことも嫌いな状態でCくんを励ます日々..
当時、僕はメンタルを病んで鬱に近い状態になっており、体重も5kg痩せていまいした。

そしてメンタルを病んでいた所為で、起業家として必須ツールであるFacebookやTwitterを開くのがなぜか怖くなっていました。いつ投資家や知り合いから連絡が来るのかと考えると、怖くなってしまうのです。それでも毎日2回程度は頑張ってチェックしていました。

そんあある日、投資家の一人から連絡があり、

投資家

連絡がまったくないじゃないか。もっと投資家を使え。ほんとうにイケてないなあ

というメセージが届きました。

また、少し前に「投資家と僕らで一緒に話す場を一度設けたら?」という提案を受けていたので、その提案を投資家のグループチャットでしたところ、投資家全員から無視されてしまいました..

投資家の方たちも忙しかったのでしょうし、客観的に見ればそれほどツラい状況ではないのかもしれません。しかし、当時の僕はCくんとの問題もあり、もう限界寸前でした。

会社の解散を決める

解散

その後も必死に頑張っていたのですが、さすがに限界がきてしまい、会社の解散を決意しました。

当然ですが、仮病のCくんは一気に元気になりましたね。会社をやめると僕が決断した次の日には、今後やりたいことに関して調べ物をガンガンしていました笑

投資家には連絡を入れ、実際に足を運んで謝罪しました。この「謝罪」の場で、Cくんが楽しそうに今後やることを投資家に話していたのにはビビりました。投資家もさすがに少し引き気味でしたねw

資金調達後かなりすぐに解散してしまったので、さすがに調達資金も投資家に全額お返しました。
会社の解散作業はCくんと分業しており、Cくんはお金周りを担当しました。僕は会社の資金をCくんが扱いやすいように、Cくんの口座に送りました。

Cくんが投資家にお金を返却した後に、残ったお金を創業者2人でどう分配するかと言う話になりました。しかしお金の話をしている最中に、CくんにLINEをブロックされました。

Cくん

君とはもうプライベートで話したくないからメールで話そう

その後メールで連絡をとり、なんとか一部を返却してはもらったのですが、最後に

これ以上、内容に修正があるようでしたら、少額訴訟を起こしてください

と言い捨てられ、話が終わりました笑。僕が怒る理由はあってもCくんが起こる理由はないはずなのですが..

起業した共同創業者間でケンカ別れする話はよく聞いていたのですが、まさか自分がそうなるとは夢にも思いませんでしたね。

実家に戻る

その後、借りていた部屋も解約し、実家に戻りました。

体重は5kg減ってガリガリになっていましたが、なんとか回復。

実家は田舎なので、自然に癒やされ、メンタルもなんとか回復しました。

起業はツラいが、挑戦して良かった

山

起業の経験は、控えめに言ってもつらすぎましたが、挑戦してよかったと思っています。

学生時代にずっとやりたかった起業をしなかったら、年をとって後悔していたと思いますね。

起業のときに習得したスキルも結構ありました。

  • プログラミングスキル
  • 営業・交渉スキル
  • ビジネス・ファイナンススキル

そして何より、起業の業界はめちゃくちゃ優秀な若者が多いのですが、その中で自分もある程度の結果を出せたので、かなり自信がつきました。

ゆうた

ただ、なまはんかな気持ちでやるものではありませんね笑

このブログでは、僕の起業した経験や情報収集した内容を分かりやすく記事にまとめています。他の記事もよかったら読んでみてくださいね。

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